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徳島地方裁判所 昭和27年(行)2号 判決

原告 三品建設株式会社

被告 池田労働基準監督署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は第一次的に「原告会社が原田春義の死亡により災害補償義務のないことを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を予備的に「被告が昭和二十五年十一月七日原告に対してなした原田春義の死亡による遺族に対する災害補償支払命令の決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として原告会社は土木建築請負業者であつて訴外原田春義は昭和二十五年四月十一日徳島県三好郡三繩村字中西における日本発送電株式会社徳島支社々宅平家建亜鉛平鉄板葺屋根コールタール塗装工事施行中死亡したところ被告は右春義を原告会社の業務に従事する労務者と認め同年十一月九日池監第二五四八号を以て原告に対し遺族補償費の災害補償をなすべき旨の支払命令を発したが原告会社はこれを不服として同年十二月二十六日徳島労働者災害補償審査会に審査の請求をしたが翌二十六年八月二十九日同審査会は原告の申立を棄却した。然しながら原告会社は日発会社徳島支社との間に前記工事の請負契約をしたことは全然ないのである。即ち原告会社池田出張所長近藤重雄は昭和二十五年三月初旬、日発徳島支社建築係より口頭を以て前記塗装工事につきその費用を尋ねられたので右近藤は専門職に尋ねる労をとり、日発支社の使者として塗装職の武川寛吾にこれを尋ねたところ同人より右工事は金千二百円で引受ける旨の返答を得たのでその旨右日発建築係に返事したところ、それでやつてくれるように伝へて貰いたいとのことなので再び右の旨を武川に伝えただけで右近藤は単にその仲介の労をとつたものに過ぎず、原告会社が直接日発支社との間に請負契約をしたものでない。

従つて右原田は原告会社の業務に従事していた労務者ではなく原告はその遺族に対し災害補償費を支払うべき義務を持たないから右義務のないことの確認を求めるものである。仮に右請求が認められないとすれば、前記被告署長のなした決定は違法であるからその取消を求めると述べた。

被告は第一次の申立に対し本案前の答弁として「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、被告は当事者能力を有しない。即ち当事者能力を有する者とは民事訴訟法第四十五条により法令に別段の定ある場合を除く外、権利主体に限られるのであるが労働基準監督署長のような行政庁は国の機関であつて権利主体ではないから行政事件訴訟特例法第三条により特に形式的当事者能力を認められた場合を除き当事者能力を有しない。

よつて当事者能力のない者に対して提起された本訴は不適法として却下さるべきであると述べ、

第一次並に予備的申立に対し孰れも本案の答弁として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め原告の主張事実中原告が土木建築請負業者であること訴外原田春義がその主張の日にその主張のような塗装工事施行中死亡したこと、被告が原告に対しその主張の日に主張のような災害補償をなすべき旨の支払命令をなしたのに対し原告がこれを不服としてその主張の日に災害補償審査会に審査の請求をなしたところ、右審査会においてこれを棄却したことはこれを認めるもその余は争う原告の第一次の申立を災害補償費を支払うべき旨の被告の決定の取消又は無効確認を求めるものと解すれば、これは原告の予備的申立とその趣意を同じくするものであるが、右決定は災害補償に関する紛争をできる限り簡単迅速に解決するためになされる勧告的性質を有するもので原告に対し直接災害補償支払の法律的義務を課したものではなく、行政訴訟の対象となるべき行政処分ではない。従つて原告はその取消を求める利益を有しないから原告の請求はこの点において既に失当として棄却さるべきであると述べた。

理由

原告は第一次的に「原告会社が原田春義の死亡に因り災害補償義務のないことを確認する」旨の判決を求めているがその請求原因並に被告の表示を綜合してその趣意とするところを検討すると、原告は行政庁たる被告監督署長の為した災害補償支払命令を無効なりとしこれに基く補償義務の無いことの確定を求めているものと解せられる。

よつて先づ右第一次的申立に対する被告の本案前の抗弁について考えるに原告は結局右の如く被告の決定(後記認定のように行政訴訟の対象となるべき行政処分と謂えないが)を行政処分としてその無効確認を求めているものと解せられるのであるが抑々労働基準監督署長の行政処分の効果の帰属者は国であつて行政処分をした監督署長は唯国の機関としてこれをなしたものに過ぎず、その処分の効果の有無を争う訴訟における正当な当事者は監督署長でなく国であると一応謂えるが、これは違法な行政処分の取消を求める訴についても理論上同一であつてこの場合については行政事件訴訟特例法第三条が行政庁に当事者としての資格を与えているので同法第二条の抗告訴訟については当該行政処分をした行政庁が被告でなければならないものとされている。然し右第三条が行政庁に当事者としての資格を与えたのは主としてその行政処分をした行政庁がその訴訟について最もよく識り訴訟追行に便利であるからであつて、このことは行政処分の無効を主張する訴訟についても謂いうるからこのような訴訟についても右第三条の準用を認めるを相当とし、本件においても行政庁たる労働基準監督署長を被告とすることも許されて然るべきものと解する。よつて被告の右抗弁は理由がない。

よつて進んで本案について考えるに行政訴訟を提起し自己に有利な判決を受けるには、その要件の一つとして行政庁によつて国民の権利義務に対し法律上の効果を発生させる行為がなされたことを要するのであつて仮令行政庁によつて国民に対する行為が為されてもそれが国民を法的に拘束することなく、その権利義務について法律上の効果の発生を来さない場合、例えば行政庁の一種の注意、勧告、戒告、希望等であるときはそれに対し、行政訴訟を提起してその当否を争うが如きは何等訴の利益がないものである。本件についてこれをみるに、原告が第一次的及び予備的請求につきその主張するところは、訴外原田が昭和二十五年四月十一日徳島県三好郡三繩村字中西における日本発送電株式会社徳島支社々宅平家建亜鉛平鉄板葺屋根コールタール塗装工事施行中死亡したが被告監督署長は右原田を原告会社の業務に従事する労務者と認め同年十一月九日原告に対し災害補償費を支給すべき旨の決定をなしたが、右決定は無効乃至違法であるからその無効確認乃至取消を求むと謂うにある。然し右被告監督署長の決定は災害補償に関する紛争をできうる限り簡易迅速に解決せしめるために認められた一種の勧告的性質を有するものに過ぎないものであつて国民の権利義務に法律上の効果を及ぼすものではないから原告はこれによつて何等法律的拘束を受けるものでないものというべく従つて右決定の無効確認乃至取消を求めるため訴訟を提起する利益がないから本訴請求は爾余の判断を俟つまでもなく失当として棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 今谷健一 小川豪 尾鼻輝次)

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